そう、誰もが棄てた記憶の片鱗。

どことなくねむぢえす

退職しました。

世間のすなる、退職エントリーといふものを、おじさんもしてみむとて、するなり。

2013年いっぱいで某ITベンチャー企業を退職いたしました。と言っても派遣の契約が終了したという形でして、世間様的には大して珍しくもなんともない話です。3ヶ月更新の筈が1ヶ月で繰り上げて円満終了とされましたが、それもきっとよくある話です。

この会社には友人の紹介で派遣会社に登録したのがきっかけで勤務する事になりまして、まず派遣てなんじゃっていうよく分かってない状態で始まり、社内移動などを経て退職した会社の席で落ち着くことになりました。派遣というものを紹介してくれた友人には非常に感謝しています、最初に入った部署はとてもいいところだったよ。

 そもそもどうして派遣なんてもんを始めたかといったらその前職で勤めていた会社をクビになったからで、ここで何故クビになったかどうかは推測の域を出ないので詳しくは書けないにしてもまあまあ大体一般的な戦力外通告と厄介払いだったんじゃないかと思います。
以前からわたしを知る方はご存知かと思いますが、5年間ほど体調を崩して再起不能のターンを彷徨っていまして、酷い時には出社して座っていられなくて机の下やサーバールームで横になり、だるおさん帰りなよって言われても動けないので帰れませんって返事して落ち着いたら休み休み帰る、みたいな日々を繰り返していました。眩暈が酷くて立っていられないどころか横になっても身体がつらく、つらい以外に表現しようが無いのですがとにかくマンガやアニメで重病か薬物投与でもされたキャラが頭を押さえながら「クッ……ぁあっ ふっ……っああ!!」とか呻きながら床に転がっているシーンを彷彿とさせる声が漏れる位には重たく、生きている事がつらいとか口に出しても見ている人間が首を横に振らない状態でした、いやまじで。おじさん何度救急車呼ばれそうになったか分からんけど別に救急な訳ではないし、夜間に行っても構ってちゃんきたよこれみたいな扱いしか受けない事は知ってたのでそこは呼ばんといておきました。夜中の病院なんて1分1秒の生死に関わらない限り行くところじゃねーよ。
そんな醜態を晒していた頃はまだこの仕事は自分しか出来ないという幻覚キノコ食ったみたいな事考えていたし、長く働いて来た中で信用出来る仲間も恩を返したい先輩もいたし、整備された労働環境では無いけれどもこの会社が好きだし仕事も楽しいし、まあ多少悪い所があっても自分の心がけと努力と気合でなんとかなるだろうと思っていた上に、社会人として満足に機能していなかった自分がその場所で赦されている事に甘えていました。まあ病気=即解雇って世間様にバレたら示し付きませんもんね、上場目指してる会社だったしその辺は良識ある体を取っていたからある程度赦されていたのだと思います。
けれどちょっとずつ体制が変わり、人間も入れ替わり、自分も適度に己を赦すことに慣れて来た頃に戦力外通告を頂いたので、会社判断としては妥当だったかなと思っています。退職時の念書書き直させたりクビって言わない所無理矢理言わせてみたりして適度な横暴さは損なわずに円満退社してやったぜ///っていうのが前前職退社までの流れです。

それで、体調を崩して自分自身の何が変わったかというと、健康の大切さだとかそういうものよりまず「諦めること」を知ってしまった所だったんです。身体が動かないから、言葉を吐けないから、立ち上がれないから、やりたい事があっても諦める。言いたい事があっても黙って目を閉じる。それは違うと声を上げたり、埋まる筈の溝を埋めたり、そういう事を諦めるようになってしまった。もしかしたら一般的には諦める事が出来て当たり前なのかもしれないけれど、今までの自分には無かった選択肢ではありました。無かったからこそキリギリスみたいな生活して音楽とかデザインとか絵とかボーっとした事をいつまでも続けていられたのだと思うし、なんかしらんが年齢不詳のナゾなオッサンで通っていけたのだけれども。

この諦めるという選択肢を一度知ってしまうとまず虚栄心と自信がなくなります。虚栄心の意味を損なわずいい意味に誰か変換してくれんかね。虚栄心というのは成長過程には必須項目だと思っているので、わたしは見栄っ張りの出っ張りたがりは好きです。自分の至らなさを必死に隠して気づかれない内に技でも知識でも習得してすまし顔したいっていう絶対に人より劣りたくない気概を伴った虚栄心、ハングリー精神とは違うなあ、もっと鬱屈してコンプレックスで人を出し抜きたいいやらしい気持ち、これがすごく好きでこういうのを持っている子が好みなのですけれど、これがまず無くなりました。ありのままの自分でいいなんて言葉には口が裂けても賛同したくないと思っていたけど、そうしなければ眩暈と肉体的苦痛に押し潰されてしまう、だから諦める。一歩を踏む事が出来なければ外に出られないし、ひと声発する事が出来なければ意見も通らない、だから諦める。自分の出来る身の丈にあったことだけをセレクトして生きる。そうしないとどこで倒れて野垂れ死ぬか分からんのでね。ロハスとかが言ってるみてえなストレスフリーな自分を受け入れて生きることになりました。そうすると自然と自分の出来る事に線引きが出来、そこから先に踏み出す自信が無くなり、現状を維持すればよしとする思考停止スパイラルに陥ります。身体が動かない内はそれで仕方が無い、今だけはこのままでいいと思って過ごしてきたのだけれども、一度その感覚を知ってしまったら結構そのスパイラルを脱却するのが難しく、アホみたいにやりたい事へと猪突猛進していた頃とはあからさまに違う自分と直面して結構な絶望具合でした。分かっちゃいるけどやめられない、理論じゃ分かってるけど気持ちがついてかない、とかそんな感じですね。

もしかしたら皆こういうのは経年劣化で経験していくものかもしれませんが、自分の場合は切欠がはっきりしていたので結構ショック受けてそのまま戻って来れなかった方だと思います。だってこれ以上歩んだらまたあの肉体的苦痛が襲って来るのかなって思ったらそりゃ二の足も踏むさ。そういうの覚えちゃった、えへへ。だからこんなちょっとを歩む事の出来ない自分は低評価でも能力が劣っていると判断されても致し方ないという自己評価の低下につながりつつ、自信は失われていくわけです。

といった所までが前前職までの流れなのですが、前職では業務も少なくて大して必要とされないし凡ミスやらなにやら多いのはきっと諦めて自分が死んでしまったから人並みの仕事も出来なくなってしまったのだなあと1年間ずっとずっと考えながら己の劣化を嘆き諦めた事を責めていたのですが、退職が決まって満了日直前、いつものようにだるおさん先週制作したサイトの文言間違ってるんで直してくださいって営業に指示受けて、ああわたしはまたクライアントから頂いた原稿の入ったエクセルのセルからコピペするだけで済む様な作業すら間違うような無能になってしまったのだなと悲しい気分になって打ちひしがれていた所を、ハッと思い立ってエクセルファイルの更新日を確認したら、自分が作業した日は先週なのに今日の午前中にその営業の名前で更新されててハハッわろた。

意味が分からなかったらまあいいしあくまでも推測なんで断言は出来ないのですが、クライアントから送られてきた原稿ファイルを社内の人間が上書きするなんてまずないじゃないですかやだー。凡そひとつの仮説を立てるならば、一度送られてきた原稿の修正分が後から送られて来ていたにもかかわらず営業がそれを共有サーバーに置くのを忘れていたけれども、文言が違うという指摘が来てからファイルが古い事に気づき、ここは派遣がミスった事にしちゃえばいいと装った、っつう流れなのかなって思ってます。あくまでも仮定で予測だけどな。そういや余りにもそういうコピペで済む筈の凡ミスが多かった、わたし自分が本当に本当に本当にだめになったんだと思っていい人しすぎてた。営業くん趣味志向的に合致するところがあるから色々相談したいなって思ってた事もあったけど心開かなくて良かった。良かったぞーーーーージョジョーーーーー!!!!!

というわけでちょっとずついやらしい虚栄心取り戻して脳の快活化に励もうと思っていますので、仕事頑張って探します。劣化してしまった感は否めないけどジョジョーーーーーおれはにんげんだぞーーーーー!!!!

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